ひい婆が逝ってしまいました。
私達がアメリカにに戻ってきてからちょうど1週間後に。
会いに行くことがひい婆へのプレゼントだ!と思ってたけど、プレゼントを受け取りに行ったのよね。きっと。
一緒にテレビの”おかあさんといっしょ”を見て、アルバムを見ながら”ひい爺、カッコよかったよね~”と昔話をし、笑いながら”となりのばあさん何処へ行く~”を歌いました。
最後に会った時が笑っている顔でよかった。
最後に”みんなに囲まれて幸せだった”と言ってくれてよかった。
そして・・・
私の家族が年末にしつこいほど旅行に行くと言わなければ日本に帰りたいと言い出せなかった・・・
飛行機代がオフシーズンで安くなければ帰ろうと思わなかった・・・
うちの学区だけ、しかも今年だけ1週間のミッドウィンターブレイクだった・・・
そして、みかん(長女)は連れて行くなと言ってた夫が、3人分の飛行機代を出してくれたこと。
ひい婆が、病院ではなく家にいてくれたこと。
そして何よりも、年を越せないかもと言われていたひい婆がそこにいてくれたこと。
すべてにありがとうです。
この言葉を思い出しました。
Yesterday is history. 昨日という日はヒストリー、
Tomorrow is a mystery. 明日という日はミステリー、
But today is a gift. けれど今日という日はギフト、
That is why it is called the present. だから今日(現在)をプレゼントというのさ
スポーツバッグ一個で、お土産も自分の洋服も持たずに行ってきたけど、
優しい気持ちをいぱいもらって帰って来て、何だか心は穏やかです。
みんなへ。私達は元気です。
2 件のコメント:
ばーちゃん、土曜日に会った時に
「今日は色々な人が会いに来てくれた」
って言ってたから何かひっかかる物があったのよね。
今までは人が会いに来ても忘れてたのに。
てか、不思議だよね。
うちの妹やかえる姉はばーちゃんに呼ばれたんだろうと思う。
何か別の予定があったにしろね。
そして、その後集まれる人が集まるまで1週間待って旅立って行った。
私は年度末近くの月末だった為、おそらくこのタイミングでないと見送れなかったからね。
やっぱりこれも呼んだんだろうと思う。
ってか、何が書きたいのかさっぱり頭が纏まらないわ。
なんか、これから皆で集まる機会もかなり減るなぁと思うと寂しいね。
じーちゃんもばーちゃんも家に居ないしなぁ・・・。
個別には会いに行けるんだけどさ
だいぶ年齢も住んでいるところも違う私達が、行ったり来たりできるのは、爺&婆が長生きしてくれたおかげだよ~。
爺・婆が生きてなかったら大学の夏休みとか、就職後とか、実家に帰ろうと思わなかったもんね。
そのうちまた、集まりましょう。
そろそろうちも、両親に子供あずけて夜飲みに行けるかな~なんて・・・ひひっ♪
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